電車好きが高じてプロダクトデザイン、そしてカーモデリングの世界へ。クレイモデラーとして歩んだ5年間
今、カーモデラーとして活躍している人は、どのような道をたどり、どんなキャリアを積んできたのでしょうか? 実際に自動車メーカーで働くカーモデラーに話を聞きました。
今回お話を聞いたのは、クレイモデラーとして活躍中の中島嶺さん(ダイハツ工業株式会社)。もともとの電車好きが高じてプロダクトデザインの世界に飛び込み、カーモデリングの仕事に出会いました。5年間の実務経験を経て、中島さんはどのような現在地にたどり着いたのでしょうか。
Profileプロフィール
中島 嶺(なかじま・れい)
ダイハツ工業株式会社 くるま開発本部 デザイン部 モデルクリエイト室
高校卒業後、大阪芸術大学 芸術学部 デザイン学科でプロダクトデザインを学び、2020年にダイハツ工業株式会社へ入社。クレイモデラーとしてキャリアを積み、現在もさまざまな製品の外形モデリングに携わっている。2024年からは母校である大阪芸術大学にて講師を務めるなど、社内外における後進の育成にも積極的に取り組んでいる。
大学のプロダクトデザインコースで、迷わず「乗り物」を選択
はじめに、カーモデリングの仕事に興味を持ったきっかけを教えてください。
高校時代は普通科に通っていましたが、美術の時間がとても楽しく、ものをつくることが好きだったので、デザインの道を志すようになりました。その後、大阪芸術大学に進学し、プロダクトデザインコースで学びました。
ただ当時、興味があったのは自動車ではなく電車だったんです。特に阪急電車がめちゃくちゃ好きで(笑)。そのため、プロダクトデザインコースの中にあった「家具」「家電」「乗り物」という専攻分野の中から、迷わず「乗り物」を選びました。
カーモデリングに初めて触れたのは、大学3年生の夏です。先生に勧められて、日本カーモデラー協会(JCMA)が主催する「カーモデルエキシビション」という造形体験イベントにエントリーしました。
事前にA3サイズの作品をまとめたシートを提出し、選考を経て参加が決まりました。イベント当日は、プロのモデラーの方と1対1でスケッチを見ながら、半日かけてスケールモデルを造形する体験をしました。決まった課題があるわけではなく、対話を重ねながら手を動かしていく、実践的な内容だったのを覚えています。
会場には実車サイズのクレイモデルも用意されており、実際に削る体験もさせてもらいました。そのとき、「電車とはまた違うけれど、カーモデリングも面白いかもしれない」と感じたんです。電車は、あくまで趣味として楽しんでいこう、と。
以降、自動車メーカーが実施するインターンシップにいくつか参加し、最終的にダイハツ工業に入社しました。
大学在学中に、自動車のクレイモデリングについて学ぶ機会はありましたか?
関連する設備は学内にあったのですが、私の在学中はクレイモデリング専門の先生がおらず、授業を受ける機会は残念ながらありませんでした。
まるで間違い探し? 実務経験を重ねてモデラーとしての感覚を磨いた
新卒で入社した後、どのような仕事からスタートしましたか?
新人研修を一通り受けてから、入社3か月目にデザイン部門に配属され、そこから半年間は導入研修を受けながら、モデリングの基礎知識を身につけていきました。私のときは、ひたすらフロントフェンダーの造形をつくる練習をしていましたね。
1年ほどで導入研修を終え、そこからは先輩たちに指導してもらいながら、少しずつ実務に携わっていきました。
中島さんの場合、クレイモデリングはほぼ未経験からのスタートだったと思います。学生時代に学んだ経験がなくても、仕事に影響はなかったのでしょうか?
確かに、入社時点である程度の基礎的な技術の有無を重視する会社もあるかもしれません。ただ、私が入社したときのダイハツ工業では、デザイナーをはじめとする周囲の人たちと対話をしながら”ものづくり”をする姿勢を特に大切にしていました。
専門技術に関しては、入社してから身につければ良い、と。だから未経験でも、あまり大きな影響はなかったと思います。
とはいえ新人の頃は、デザインの微細な違いまで見極めるのが難しかったです。難解な間違い探しのようでした。デザイナーが細部に込めたこだわりについて説明してもらい、話を聞いて「そう言われてみると確かにそうかもしれない」と、感覚をつかんでいく。そうした経験を繰り返し、モデラーとしての判断力を磨いていきました。
大きなカーボンスクレイパーで、広い面を一気に削り出す。全体の流れと面のつながりを、身体感覚で捉えていく。(画像提供:ダイハツ)
フロント、サイド、リアなどに分かれてチームで1台を造形していく。(画像提供:ダイハツ)
テープドローをして車の姿勢や動きを確認し、造形していく。(画像提供:ダイハツ)
キャリアを重ね、かつての母校でカーモデリングの講師を務める
カーモデリングという仕事の醍醐味を、どんなところに感じていますか?
自分がデザインに関わった車が、実際に街中を走っているのを直に見ることができる点でしょうか。例えば家具や家電などは各家庭の中で使われるものなので、実際の利用シーンを目にする機会はそう多くありません。でも自動車なら、一歩外に出れば日常的に使われているところを見られます。やはり、それが何よりうれしいですね。
逆に、どんなところが大変ですか?
クレイモデラーの場合はどうしても、フィジカル面で辛い部分はありますね。高い階段に上って自動車の屋根部分の微調整をするとか…腰や背中などのケアは必須です。
5年間、クレイモデラーとしてのキャリアを積み重ねてきた、中島さんの現在地について教えてください。
私は5年間、クレイモデリングの仕事をメインにしてきましたが、これからはデジタルモデリングの知見や技術を兼ね備える必要があります。そのため私も、最近はクレイモデリングの仕事をする傍ら、デジタルモデリングの技術習得に取り組んでいます。
また、社内では年々後輩が増え、だんだんと自分が教える側に回ることも増えてきました。さらに2024年からは、母校である大阪芸術大学で講師を務めており、学生にクレイモデリングを教えています。
確か中島さんの在学時は、クレイモデリングを教える先生がいなかったんですよね?
そうなんです。なので、自分が学生の時に知りたかったことを、今の学生に教えられるように心がけています。実は来年、自分が教えた学生がはじめて、ダイハツ工業に入社する予定なんです。自分の経験からこうした縁がつながったことを、とてもうれしく思っています。
大阪・池田にあるダイハツ本社にてインタビュー。静かな言葉のやりとりのなかに、ものづくりへの熱量がにじむ。(画像提供:ダイハツ)
60度に温めたクレイを、力強く盛り付ける。空気を噛ませないためには、経験がものを言う。(画像提供:ダイハツ)
デジタル技術が進化しても、クレイモデリングの重要性は変わらない
現在、デジタルモデリングの技術がどんどん進化している中で、中島さん自身はクレイモデラーの役割をどのように捉えていますか?
現状の技術ではまだ、デジタルで設計したものをリアルな造形に落とし込むと、視覚的な違和感が生じることが多々あります。つい先日も、モデリングのデータをもとにパーツを作ったところ数センチレベルの調整が必要になり、その作業をしたばかりです。
人間が実際に視覚で捉えるのとまったく同じデータを映し出すことができるようになるまでは、クレイモデリングが担っている役割の重要性は変わらないと思います。
最後に、将来的にカーモデラーを目指す学生さんに向けて「今のうちにこの経験をしておいた方がいい」ということがありましたら、アドバイスをお願いします。
「車の造形に関する知識をインプットする」ことに絞るなら、自分にとって一番役立ったのは洗車をすることでした。つまり、自分の手でプロダクトの造形に触れる経験です。
はじめは良くわからないと思いますが、自分の手で触れることで「なんかちょっとへこんでいるな」「こういう丸みがあるんだな」など、だんだん触覚が研ぎ澄まされていくんです。自動車に限らずプロダクトデザインに携わろうとするのであれば、ぜひ意識していただきたいですね。
仕事で使用している「愛用品」見せてください!
クレイを削るときに使用している「スクレイパー」。入社1年目に受ける導入研修の最後に、自分専用の工具を作る工程が設けられており、そこで製作したオリジナル品。
棒の部分を長めに設計し、削っている箇所を見やすくすることで作業性を高めているのが特徴。持ち手は小ぶりながら、上面はフラット、下面は指に沿うよう丸みを持たせ、しっかり握り込める形状に仕上げられている。
刃の溝はほぼ一周するように入れられており、どの位置でも同じ感覚でクレイを削れるよう工夫されている点も、中島さんならではのこだわり。素材にはウォルナット材を使用。使い込むほどにクレイで艶が増し、道具としての表情も深まっていくという。
入社1年目の研修で自作したスクレイパー。溝を深くすることで、効率よくクレイを削れるよう工夫している。(画像提供:本人)
持ち手の形状や刃の入り方まで、自分の手に合わせて調整。使い込むほどに、道具も少しずつ“育っていく”。(画像提供:本人)