クレイモデラーという仕事の魅力と未来
今、カーモデラーとして活躍している人は、どのような道をたどり、どんなキャリアを積んできたのでしょうか? 実際に自動車メーカーで働くカーモデラーに話を聞きました。
今回、お話を聞いたのは、芝野一平さん(株式会社本田技術研究所)。大学でプロダクトデザインを学び、現在モデラーとしてのキャリアを歩んでいます。クレイモデラーという仕事の魅力と、そしてこれからの未来についてお話しいただきました。
Profileプロフィール
芝野 一平(しばの・いっぺい)
株式会社本田技術研究所 デザインセンター
モーターサイクル・パワープロダクツデザイン開発室
昭和第一学園高等学校 卒業後、明星大学 プロダクトデザインを学び、2010年に株式会社本田技術研究所へ入社。
モデラーとして培った高い造形力と技術力を基盤に、現在はフィジカル・デジタル双方の領域を横断しながら、開発初期段階から商品価値の具現化をリードしている。
多様なモデリングアプローチを駆使し、デザイナーやエンジニアと協創しながら、魅力ある形へと昇華させる役割を担う。常に新たな表現手法やデザインプロセスに挑戦し、チームの先頭に立って価値創造を推進。次世代のものづくりに向けたモデリングの可能性を切り拓いている。
趣味はバイクのカスタマイズ。細部へのこだわりと探究心は仕事にも通じ、機能と感性を両立したものづくりの原動力となっている。
興味を追い続けた先にあった、モデラーという仕事
はじめに、クレイモデリングの仕事に興味を持ったきっかけを教えてください。
クレイモデリングの仕事に興味を持った原点は、高校生の頃にあります。美術の授業で作品を先生に褒められたことがきっかけで、「自分はものづくりの道で勝負してみたい」と初めて強く意識するようになりました。同じ時期、バイクの魅力に触れた経験も大きく、乗り物そのものへの興味が自然と自分の中で広がっていきました。その思いを持って明星大学へ進学し、プロダクトデザインコースで基礎を学び始めました。
転機となったのは、大学で出会った先輩の修了作品です。乗り物をテーマにしたそのモデルは、驚くほど繊細で緻密に作り込まれており、それまでに見てきたものとは一線を画す完成度でした。手先の器用さには自信があった自分にとって、その仕上がりは大きな衝撃であり、同時に「ここで負けたくない」という強い闘争心をかき立てられるきっかけとなりました。その経験を境に制作テーマは自然とバイクへと傾き、大学2年~4年にかけては、乗り物、特にバイクに関連した作品に集中して取り組むようになりました。興味から始まったはずのものが、次第に「追求したい分野」へと変わっていった瞬間だったと思います。そんな中で、大学の恩師から「クレイモデラー」という職業を勧められ、自分の強みである手の感覚や造形へのこだわりを生かせる仕事だと感じ、この道で勝負していく決意を固めました。そして現在はHondaでモデリングに携わりながら、当時憧れたレベルに近づくことにとどまらず、それを超えていくことを意識し、お客様に新たな価値や喜びを提供するためにはどうすべきかを考えながら造形に取り組んでいます。
大学ではモデラーになる為にどんな経験を積んだ?
大学ではプロダクトデザインを専攻し、製品づくりの基礎は学びましたが、モデラーに特化した経験があったわけではなく、むしろ手探りで取り組む日々でした。その中で大きかったのは、クレイやデジタルの技術以上に、「誰にも負けたくないという一心で」取り組み続けた経験です。
また、日常の中で多くのものに見て、触れて、感じることを大切にし、それを楽しみながら形にしていくことを積み重ねることで、自分なりにモデリングの力を磨いてきました。こうした主体的な取り組みの積み重ねが、現在の自分の造形力の基盤になっていると感じています。
学生の頃の経験を原点に、現在の芝野さんはどのような仕事を担当されていますか?
現在はクレイモデラーとしてコンセプトモデルから量産モデルまで、幅広くモデリングに携わっています。学生時代には想像もできなかったRiding Assist-e (不倒二輪)のモデリングを担当するなど、自身の領域を広げながら挑戦を続けています。近年では、デジタルモデリングに加え、AI技術を活用した新たな取り組みにも積極的に関わり、より高い価値を生み出す造形に取り組んでいます。
実際のクレイモデル 表面にフィルムを張り込み実際の見え方に近い状態で評価を行う
Honda Riding Assist-eのモデル開発 様々な部門と関わりモデルを昇華させていく
試行錯誤の末にたどり着く達成感、モデリングの要はチームプレー
クレイモデリングという仕事の醍醐味を、どんなところに感じていますか。
まず何よりも、自分たちが手がけ完成したモデルが、その場の空気を変えるほどの存在感を放つ瞬間。人の視線を引き込み、その場の印象そのものが変わるような体験は大きな達成感があり、この仕事ならではだと思います。また開発の中でデザイナーとの協創や、エンジニア、テストライダーとの意見のぶつかり合いを重ねながら、より良い造形へとたどり着いていくプロセスにも大きなやりがいがあります。
多くの視点が交差する中で、最終的に一つの形へ昇華されていく瞬間はモデリングの面白さの本質だと感じています。そして、自分の手がけたバイクが世の中に出て、お客様が楽しそうに語り合っている姿を目にしたときには、この仕事の価値を強く実感します。つい声をかけてしまうこともあり、自分が関わったことは明かさないままお客様とバイクの話で盛り上がる時間も密かな楽しみのひとつです(笑)。
逆にどんなところが大変ですか?
開発は時間、レイアウト成立性、走行テスト結果との制約の中で進み、どんな状況でもやり切らなければならない厳しさがあります。そのため、造形が思うように定まらない場面では苦しさを感じることもありますが、そうした中どこからともなく先輩や後輩が自然とサポートに入ってくれる環境があります。そうした経験を通して、開発は決して一人で完結するものではなく、チーム全体で支え合いながら一つの製品をつくり上げていくものだと実感しています。
進化の中でも変わらない、モデラーの本質
現在、DX技術がどんどん進化している中で、これからのモデラーの役割をどのように捉えていますか?
DX技術が急速に進化している中でも、モデラーの本質は大きくは変わらないと考えています。重要なのは、お客様や自分自身、そして関わるすべての人に対して、価値や意図を必然性のあるモデルとして成立させ、どのように喜んでいただけるかを考え続けることです。その上で、デジタル技術をはじめとした新しい手法を積極的に取り入れつつ、時には従来の手法も活用しながら、その時々で最適な手段を選択していくことが、これからのモデラーに求められる役割だと捉えています。
クレイモデリングのかたわら、データ作業も並行でモデリングを行っている。
デザイナーのスケッチをリニアに立体化する為、プラモデルサイズのスケールモデルを活用するなど様々なアプローチで形に落とし込んでいく。
この仕事が「向いている人」は、どんなタイプの人だと思いますか?
一般的にモデラーは造形を行う上で、商品コンセプトの理解に加え、さまざまな要件や制約を踏まえてロジカルに考える思考力が求められます。一方で、私の考えでは、何か一つでも自分の中に尖った芯を持っている人が向いている職業だと考えています。そのような芯を持つことで、ブレることなく自分なりの価値を造形として表現できるからです。また、新しいことに前向きに取り組み、学ぶこと自体を楽しめる人も向いていると感じています。モデリングの世界は常に変化していくため、その変化を楽しみながら自ら成長し続けられる人が活躍できる仕事だと思います。
これからクレイモデラーを志す学生のみなさんに、アドバイスをするとしたらどんなことを伝えますか?
この仕事を目指すにあたって、コミュニケーション力や造形力に自信がなくても、ためらわずに飛び込んでほしいと思います。
そうした力は後からいくらでも身につけることができます。それ以上に大切なのは、自分のつくったものを誰かに届けたいと思う気持ちです。
仕事で使用している「愛用品」見せてください!
クレイを削るときに使っているスクレイパーです。一見するとただの古いスクレイパーですが、社内でレジェンドとされていたYさんから受け継いだ特別な道具になります。これでしか表現できないニュアンスや仕上げがあり、自分の仕事に欠かせない存在です。
これまで様々なツールを使ってきましたがやっぱりこれに戻るを繰り返し、現在ではこの一本を主役として愛用しています。
当時製造された素材の硬度であったり刃の角度など、他のスクレイパーと違い、扱いやすい点が気に入ってます。
あとはおそらくYさんのこだわりや魂が、この一本に宿っていて力を貸してくれているのだと思っています。
刃先に柳の刻印 これがYさんツールの証で社内ではこれを欲しがる人も多く、この刻印ツールを集めるコレクターまでいたほどだ(社内)